みこさん

おはようございます。
ニコニコにてアレンジを投稿させて頂きました。
 

原曲:博麗神社境内
出典:東方封魔録(未使用曲) / 幺樂団の歴史3 ~ Akyu's Untouched Score vol.3
作曲:Zun
曲名:とけだすあか
編曲/作詞/歌:みりん屋


ひとつ前の記事をご覧頂いた方はお気づきかと思いますが、
前作のインストアレンジを、ボーカル曲にアレンジし直しました。


インストアレンジの方はWebでも公開しています。
http://soundcloud.com/hida_miring/tokedasuaka-110529-16mast
曲情報などの詳細はひとつ前の記事をご参照ください。


れいむかわいいの気持ちになって作りました。
お楽しみいただければ幸いです。よろしくお願いいたします。


 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ 


歌詞について。

作詞を始めてしばらく経ちました。
なんとも難しいものですが、その分いろいろと考えられてとても楽しいです。
曲を作る方のイメージのとっかかりは、これは本当に人それぞれだと思いますが、
自分の場合は詞、というより、
文字でつづられる物語の部分がけっこう大きいんじゃないかなぁ、とも思っています。


昔は二次創作で文章(いわゆるSS)を書いていた事もありましたが、
文章での表現って一見、特別な技術の習得がなくてとっつき易い
(ほとんどの人が日常的に使う「日本語」を媒体にしている)ように見えて、
やってみるとすごくシビアなんですよね。
それ以外の表現に補助してもらう、悪く言えば逃げることがほぼ許されなくて、
文章という土俵の上でイメージを伝えきらなければならない、というか……

自分はそのあたりの厳密さ、
文字の上「だけ」で表現を探求するという部分がしんどくなってしまい、
結局あまり筆を持たなくなってしまいました。
なので、字書きさんの作品を読むたび、いつもすごいなぁと関心しています。


では歌モノをつくる時はどうかな、と考えると、
イメージのとっかかりという部分、音楽はかなりオープンなんじゃないかなぁと。
ひとつの曲に対する一番最初のイメージが、
文字として浮かぶ人もいるし、風景として浮かぶ人もいるし、
コード進行や曲の構成として浮かぶ人もいるし、
はたまた楽器の編成や音の感じで浮かんでくる人もいるでしょう。
そして、それぞれのイメージの部分を軸にして曲を作っていくことが、
少なくともある程度の段階までは許されていると思います。
イメージの入り口が多く開かれている、というのが近いのかな?

文章や絵も、突き詰めていけばそういった部分もあるのでしょうか。
絵描きさんや字書きさんが、どんなところからイメージの描写をスタートさせるのか、
自分のとは違う頭の中を覗いてみたいなぁと常々思っています。


閑話休題。作詞についてのお話でした。

歌い手が自分で詞を書く、曲を作ることの強みのひとつに、
「ディレクションの必要がない」という部分が挙げられます。

ざっくり言えば、作詞者さんや作曲者さんから、
ここはこれこれこういう意味でこういう言葉を使ってるからそういう感じで歌ってね!
という伝達や議論を挟む必要がほとんどない、
それらの過程での意味の変質を最低限に抑えられる、ということです。

では作詞者の自分が歌い手の自分に手渡すべきものは何か。
私の場合は、作詞の段階で、
「誰が」「誰に対して」「何を思っているのか」という部分をよく考えるようにしています。
特に大切なのが「誰が」の部分で、
それは歌い手のしての自分が一人称として「演じる、なりきる」存在であるからです。

「誰のきもちになって歌うのか」を明確にしておく、という感じでしょうか。

作詞をする中で「誰が」の部分がしっかり固めておくことができれば、
いざ歌うという段になった時に、
 じゃあこの「誰」だったらどんな声で歌うかな?
 中域や低域は朗々とした感じかな? 
 高音は細く絞った感じかな?
というように、さらにイメージが広げていくこともできますね。

私にとって作詞の醍醐味になっている部分は、
この「誰になりきるか」という脚本を書くこと、なのかもしれません。

(だから、という訳ではありませんが、
 神様の視点になってこんな事が起こったよー、という書き方をする、
 いわゆる叙事詩はあまり得意ではないのですが……)


東方に限らず、二次創作には絶対的に、
元となったお話や曲、キャラクタのイメージが付いて回ります。

ファンの皆が同じイメージを共有している訳ですから、
それらをぼんやりと眺めただけで歌詞を書いてしまうと、
あれ、どこかで見たことのある感じに……となってしまうと思います。

ぼんやりとあるキャラや曲、物語の「こと」を歌うのではなくて、
「誰の」視点からそれらを見るのか、その時その「誰か」が何を考えるのか、
(もちろん究極的には、この「誰か」は「自分」になるのでしょうが)
そういった部分を大事にして、詞を書いていきたいと思います。


あー、書いてて気付いたんですが、
今回の曲はそんなことを意識したせいなのか、その辺特に顕著かと思いますので、
「誰になりきってるのかなぁ」とか推理してみても面白いかもしれません。


 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ 


ではでは、今回はこの辺で。

 

・web上の制作活動 | CM(0) | TB(0) 2011.06.09(Thu) 05:59
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みりん屋
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臼田索子
文章担当です。
お話書いたり歌詞書いたり。
夜伽にも過去作があります。

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